『アマガミSS』上手の女神 七咲を陥落させた橘さんに学ぶ

舞台には上手(かみて)と下手(しもて)がある。
客席から見て右が上手、左が下手。文字通り上手の方が上位のものとして扱われている。

  • 光のとれる南向き(つまり北)に舞台が作られたので、陽が昇る方角である東(客から見て右)の方が西(同左)より上位。
  • 更に遡って、故事にある「天子南面ス」から左大臣・右大臣を例に、帝からみて左(東:向かって右)に位置する左大臣の方が、右大臣(西:同左)より位が上。
  • 人間の心臓が左にあるので、強そうなものは右に置いておきたい。

など起源となりそうなものは多々あるようだが、何にせよこの上手・下手の概念は基本として知られている。

上手・下手は何も伝統芸能や舞台演劇に限られたことではない。
よく知られているのが『ウルトラマン』だろう。正義の味方であるところの「ウルトラマンは右」「怪獣は左」で対峙する。影響を受けているといわれる『エヴァ』でも、「エヴァは右」に「使徒は左」というのが基本。バルディエル(参号機)戦のダミープラグの起動時にはこれが崩れ、初号機が左から使徒の首を絞める。トウジ(もしくはアスカ)が乗っていることに加え、いつもは敵がいたはずの左に初号機がいることが見ている側の不安を更に描き立てる。先日放送されていた洋画『アルマゲドン』でも、地球を滅ぼす脅威であるところの彗星は右から来襲し、その存在の強大さを際立たせる。『吉本新喜劇』なんかでも、来客は左から主は右から登場することで、これから起こることや立場を観客に理解、想像させている。

このように、「左右どっちにいる」か「左右どちらから来るか」だけでも、そこにいる人物たちの関係性を、例えば上手(強い・正義・本音・ホスト・未来)と下手(弱い・悪・嘘・ゲスト・過去)のように無言のうちに理解させ、意味付けすることが出来る。

アマガミSS』13話「七咲 逢編 第一章 サイアク」でも、これを意識して見ると非常に面白い。


これまで七咲のことは、1学年下の水泳部員で美也の友達ということ位しか描かれておらず、どんなヒロインなのかを視聴者は知らない。

2年前の出会いからしてそうだったのだが、再びの出会いである公園のシーン。上手にいるのは七咲だ。





おしっこがしたくなって偶然駈け込んだ公園で、スカートの中を見せてブランコから飛び降りた知らない女から「痴漢だ。通報する。」と言われるなど理不尽以外の何者でもないはずだが、上手に鎮座ましますところの謎の女(しかも可愛い)がそう仰っているし、同じ一年生相手に先週まで教官プレーに勤しんでいた本来猛者であるはずの橘さんから漂う圧倒的な弱者の風合いも手伝い、「この女は一体何者なんだ」と新たに登場したヒロインの攻略難易度の高さを伺わせる。


登校風景。





美也は左側。薫は右から登場。本来の橘さんなら下手側からでも相手を圧倒できる面白さがある。



その後、カットインする七咲の姿はやはり橘さんより画面の右側にいる。上手の女神それが七咲 逢。







食堂でも、体育館裏でも、スカートの中の水着を見せるときもいつも上手から。橘さんが弄ばれてる。








下手側に廻ったかと思えば、そのご尊顔を拝すことができないという徹底っぷり。恐るべし。でも、猫なら自分より右にいてもいいよ。








自己紹介でようやく下手に下りてくれるが、それでも橘さんよりは右にいる。後日再会してもまた右。底知れぬ強さ。








相手にされない美也と、前妻をいじる美也。













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七咲が左にいる!きっとこの辺に何かあるぞと思わざるを得ない。もちろん、左にいるのにその内実は、買い物に付き合わされ荷物持ちにされてるという滑稽さもある訳だが、きっと何かある。








カメラが変わって「おめでとうございます」と、すかさず定位置を確保する七咲。同じバックショットでも食堂の時とは違い、顔がチラッと見える。買い物に連れてきた理由の半分は福引にありそうだ。
福引と言えば、前日美也が商品のハワイ旅行が欲しいという話をしていた。それは水飲み場での件で七咲も知っていることだ。その後に一緒に買い物に行くことを七咲から提案してきた。
「商品券はあげる」と言われた七咲はどこか寂しげ。これらの出来事と、冒頭で弟にクリスマスプレゼントを贈ることを嬉々として当時は見知らぬ橘さんに語ったことを考えると、七咲は弟との関係に何か抱えているのだろうということがぼんやりと見えてくる。弟と不仲なのかもしれないし、弟が病弱だったり引きこもりだったり、どうしようもなく変態であるのかもしれない。









その後、ささやかだけど秘密の共有。七咲は右、右、右。弟関連といい七咲は面倒見がいい娘なんじゃなかろうか。もしそうなら、年下のお姉ちゃんキャラという素晴らしい展開。夢が膨らむ。




その後が橘さんの腕の見せ所。





海岸のゴミ箱は水泳部が設置していると聞くや否や、上手側に落ちてるゴミを発見。ダメな年上キャラが思わぬところで見せる一面。一種のギャップ萌えだ。ここで二人の立ち位置は逆になる。恋の予感。
画面の上手と下手を意識するだけでも、言葉では語られないストーリーが見えてくる。


二人の関係性という点においては、他にも面白い描写がある。



出会いの時、二人の間にはブランコが。その後も道路、階段と間を遮るものが描かれる。
その後、柱、電柱がいずれも七咲から橘さんへの方向に配置され七咲側から何らかのアプローチをしている様子。先に挙げた福引のテントを経て、海岸のベンチでの二人の様子は柱に挟まれた形で描かれ親密度が増している様が、これも無言のうちに語られている。
ラスト二人がいるのは何処までも続く海だ。



言葉では語られることのないメッセージが、画面には沢山隠されている。